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続「マーケティングの嘘」<食のトレンド>4.0 〜これで2020年までの「食のトレンド」がわかる〜

【食のトレンド4.0】「おうちごはん」の本当の姿

レシートデータという原点

さて前回のコラムで紹介したこのレシートに記載されたお買い物のデータのことをレシートデータという。このレシートデータが膨大に累積されたものをPOSデータと呼んでいる。たとえば、それぞれのアイテム別の売り上げの推移をみたり、店舗別や曜日別、時間帯別にこれを解析したものが、いわゆるPOSデータ分析という。これだけではモノの売れ方の累積しかわからないということで、これを固有の買物客がどんな志向性で購買したかという履歴から、さらに突っ込んだ分析ができるというものがID-POSということになる。ポイントカードなどの利用とひも付けされたデータがID-POSデータということだが、それらはいずれにせよこの1枚のレシートデータがすべての原点ということになる。

別の言い方をすれば、この1枚のレシートデータは、バスケットデータということに転換することができる。つまり、一人の購買客がその買物カゴ(カート)、バスケットに何を入れレジを通過していったかということから、購買アイテムの相互の関連性から購買セオリーや関連心理や、はては食卓を類推しようというものである。非常に重要なマーケティング仮説の宝庫ともいえそうだが、すべてはこの一枚のレシートが原点である。

ちなみに、この日の購買レシートの中身を列挙してみる。「生メカジキ、チラシ、豆乳、弁当、豆腐、牛乳、パン」の7品目で2101円の買い物だったということが、このレシートデータのすべてである。チラシというのはお弁当のようになったちらし寿司のことであり、これに前回ご紹介した十六穀米弁当が買われているということから、7品目のうち2品は典型的な「中食」のカテゴリーにあたる食品を買っている。豆乳、牛乳、パンもそのまま(調理加熱することなく)口に入る可能性が高いわけだから、「中食」ともいえそうだ。豆腐だってそのまま冷奴として食べたならば「中食」なのか、そんな嫌味も言ってみたくなるが、かなり「中食」的世界に彩られた買い物をこのレシートからは伺い知ることになる。

純粋に「内食」、つまり家庭の台所で加熱調理されて食べられるものは、本当に「生メカジキ」一品ということになる。

POSデータで食卓がわかるのか!?

さて、このレシートデータから、この夕食のシーンと食卓は想像できたのだろうか。もう一度再現しておくが、「きゅうりぬか漬け、タクアン、白うり粕漬、フルーツ(リンゴ)、豆腐とねぎ、みょうが入りのみそ汁」とこの十六穀米弁当なのである。恐らく、レシートに出てくる豆腐がみそ汁の具材になったことは想像できそうで、「内食」素材としての豆腐が買われていたということが言えそうである。

たとえば、みょうがや白うりといったこの季節の旬を感じさせるアイテムや素材は、冷蔵庫などにストックされていたものが利用されていたことになる。何度も言ってきたことだが、このレシートデータ、バスケットデータからは、この夕食の食卓を構成してるアイテムの関連性を見つけることもできないし、その食卓を支えているこのおばあちゃんの食に対する価値観を仮説立てしていくことすら全くできないといっていいのだ。

この日の「おうちごはん」は、完全なる「内食」であるみそ汁と、完全なる「中食」である十六穀米弁当と、「中食」とも「内食」ともいえる、もっと中間的な、マージナルな食が多様にミックス、組合わされたものである。そして、漬物などに代表されるようにそもそも加工度がある程度高い、いわゆる「惣菜」的な食品を、そのままか少し手を加えて食卓に供している。そして、この中に季節感や旬や彩りというものを楽しんでいるということが、この食卓を支えている価値だということが大切なのである。

レシートデータというものからは、この大切なところが全くみえないのだ。百歩譲ってもかなり「中食」品目が食品の中の比重を占めているということがわかる程度である。ところが、これが一人歩きすると十六穀米弁当というお弁当で済まされた「中食」としての夕食という“マーケティングの嘘”を生みだす原罪だということもできる。

「中食」アイテムは手を加える

さて、時間軸を少し進めてみよう。1日後の8月2日(日曜日)の夕食の食卓である。前日のレシートデータに記載されていたチラシがここで登場してくる。「昨日、ヤオコーで買ってきたちらし寿しに少々、手を加えたちらし寿し」と生活日記には書かれている。前日に購入された「中食」アイテムに手が加えられ、一種の「内食」素材のような扱われ方がされている。ここで「中食」のもつ、簡便、出きあいの価値がさらに突破されているといえる。

もちろん、「中食」のちらし寿しをパックのまま食べるというシーンも、一般的には当然あることは言をまたない。たとえば、にぎり寿司の盛り合わせという「中食」パックを買って、そのふたにしょうゆを入れて食べるというのはいかがなものかといった論争が、ネット上おこったりもしている。「中食」としての利用がパーフェクトに完成しているシーンもあれば、「内食」に近づいている場合もあるということに過ぎない。

完全な「内食」としての一品

さて、典型的な「内食」素材である「生メカジキ」だが、「昼間、出かけることを頭において手軽にできて、豪華でおいしい魚料理の材料を前日にヤオコーで買い求めておいた」ということが、この一枚のレシートの背景なのである。「ムニエルにしてバターとバージンオイルで焼きあげ白ワインで味付けした一品」だそうである。色よい盛り付けを意識したということで、彩り豊かな食卓である。翌日の夕食の魚料理はごちそうを作った訳だが、やはり「内食」「中食」、もっとマージナルなものが組み合わされた「おうちごはん」だったことを、このレシートデータだけからどのように見抜けばいいのだろうか。生活日記調査以外にその手立てはまずないといっていい。

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【食のトレンド4.0】「内食」という”マーケティングの嘘”

ヤオコーでお弁当を買うと「中食」??

一枚の写真の紹介から始めることにする。これは2015年の真夏の、70代の単身の女性の夕食シーンである。3年前の8月1日(土曜日)で、今年と同様に猛暑であった。「さばの照り焼きと八種和菜煮物、十六穀米弁当」を中心にした食卓だ。スポーツクラブに行った帰りに寄ったスーパーヤオコーで買ったお弁当である。

一人住まいのシニア女性の一人の夕食シーンに、スーパーのお惣菜、弁当コーナーで買ったお弁当が食べられている。家庭の中で調理済みの弁当を買って帰ってきて食べているということから、これはいわゆる典型的な「中食」シーンということになる。家庭の台所で素材から加熱調理された食事を食べるという意味での「内食」ではない。その意味では、「内食」が「中食」にとってかわられた代表ということになる。一人住まいでの孤食、時短で簡便であり、このお弁当の特徴からいえば「健康」志向だという尾ひれをつけることまでもできそうだ。

単身シニア、孤食、簡便、健康ニーズに対応して「中食」が機能しているということから、まさに現代的な食のあり方を象徴しているといえそうだ。

だが、このような物語は、これもまた典型的な”マーケティングの嘘”ということになる。

ハイブリッドになった食卓

まず、いろいろな現代的な理屈づけで、「内食」が「中食」に機能的に完全にとって変わられているというのは嘘だ。このおばあちゃんの夕食の食卓は、「中食」のお弁当を中心にしてきゅうりのぬか漬け、タクアン、白うりの粕漬、豆腐とねぎ、みょうがが入ったみそ汁にフルーツで組み立てられている。みそ汁は手作りをしたということで、これは区分的にいえば「内食」になる。また、きゅうりのぬか漬けは、冷蔵庫のぬか床で自家製ということになるのでこれも「内食」、タクアン、白うりの粕漬はスーパーで売っているパック詰めなのだが、自分で切ったりしているので「内食」というのか、「中食」ともいえそうだが。フルーツのリンゴは皮をむいて食べておられるのでやはり「内食」である。いずれにせよ絵に描いたような「中食」と「内食」がミックスされ、「内食」とも「中食」ともいえそうなマージナルな食があわさって食卓ができあがっているのだ。

「内食」と「中食」が、一食をめぐってどちらかを選択するというような代替的対立などせずに、うまくミックスされているというのが食卓の実態だといった方がいいのだ。まずは、この「内食」とか「中食」とかといった区分けと定義が、どうも実際の食卓にフィットしていないから、解釈不能なマーケティングの嘘がでてきてしまうともいえる。一応公式的な定義という意味で、農林水産省の「用語の解説」から引用しておこう。

「『中食(なかしょく)』―レストラン等へ出かけて食事をする外食と、家庭内で手作り料理を食べる「内食(ないしょく)」の中間にあって、市販の弁当やそう菜等、家庭外で調理、加工された食品を家庭や職場、学校、屋外へ持って帰り、そのまま(調理加熱することなく)食事として食べられる状態に調理された日持ちのしない食品の総称。」

家の中であろうが、外であろうが、レストラン等以外の場所やシーンで食べられる分にはすべて「中食」が関与できうる領域の中に入れることができるが、家庭内で調理、加工されたものはダメなので家で作ったおべんとうを学校などで食べるのは「中食」ではない。家庭内で食べられていないという点では「内食」ではないので、これは一体なんなのだろう。そのまま(調理加熱することなく)食べられ、日持ちしないということからは、たとえばレトルトや冷凍食品やレンジでチンの食品は排除されている。では、日持ちのしない漬物は「中食」ということになるのかしら。でも切ったり加工するとダメなのか。

ということで、“マーケティングの嘘”から逃れるためには、私たちは食の実態、食卓の実際に添った形をみておくことが重要だと考えているのだ。だから、ここで紹介した一枚の写真と生活日記調査に記述された実態が大切だと考えている。

「おうちごはん」は「内食」ではない

家の中で食べられるというシーンは、その内容が「内食」であろうが「中食」であろうが、そのもっと中間的なものであろうが、それらが組み合わされて成立している食卓のことであり、わかり易く「おうちごはん」と呼ぶことにしている。逆にいえば「おうちごはん」は、「内食」だけの場合もあるし、「中食」だけの場合もあるし、本当の実態はそれらが組み合わされて成り立っているものなのである。その中で、完全に「内食」だけで成り立っている「おうちごはん」はほとんど見かけることができなくなっているという見方をしておけばよいということである。

素材を下ごしらえし、加熱加工、調理した食卓メニューのことが完全なる「内食」ということになる。デパ地下で買った漬物をそのまま食べようが、切ったり盛り付けたり、たとえばしょうがをすってつけあわせようが、私たちにとっては「内食」の変形であり、また「中食」の変形にすぎないのだ。

たとえば、スーパーで買った生ちくわを、家庭の中でそのまま食べても「おうちごはん」だし、きゅうりをさしこんで食べても、しょうゆでサッと炒めて食べても、手をかけている度合いが異なっているだけで「おうちごはん」である。

いずれにせよ、「内食」「中食」、そしてもっともっと中間的なものがミックス、組み合わされて、その時々の価値ある食卓ができあがっているといえる。このおばあちゃんのヤオコーのお弁当を中心にした夕食の食卓は、このことを示しているのだ。このお弁当を買った時のレシートをみていても、この食卓を組み立てている価値は何もわからない。「中食」としてのお弁当が売れ、きっと家に持ち帰られて食べられたのだということで、「中食」が「内食」にとってかわったという誤解だけが流通したことになってしまうのだ。

著者:マーケティングプロデューサー 辻中 俊樹

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食のトレンド 平成流通30年史

【平成流通30年史 第3回】
失われた20年にディスカウントストア(DS)が急成長

昭和のDS業態はダイクマ、ロヂャースがリード

平成の30年で大きくボリュームアップした業態がある。ドラッグストア業態とディスカウントストア業態だ。なかでもDS業態の急拡大は目を見張るものがある。ドン・キホーテのような総合DS、オーケーのような食品DSを合わせると、その業態規模は天文学的に伸びた。

昭和のディスカウントストアを牽引したのが、神奈川県平塚市に本社のあったダイクマ、同じく神奈川県相模原市のアイワールド、埼玉県のロヂャース、東京・上野の多慶屋などだ。なかでも業態を代表するチェーンと目されていたのが、ホームセンター事業を展開していた「大工の熊五郎」。同社はイトーヨーカ堂と資本提携し、「ダイクマ」に商号変更、総合DS企業になった。

ところでロヂャース、アイワールド、多慶屋などの総合DSの地元での繁盛ぶりは語り草になっている。JR横浜線相模原駅が最寄り駅だったアイワールドは、駅から少し距離があったが、週末ともなれば人の流れが出来ており、初めてでも店を探すのに苦労しなかった。つまり昭和のディスカウントストアは、アイワールド、多慶屋のような単独店展開の企業が多かった。したがって個店としてみれば超繁盛店でも、企業トータルとしては、それほど大きな売上ボリュームにはなっておらず、小売業全体に与える影響力はそれほど大きくなかった。

昭和のDSチェーンには1,000億円の壁があった

しかし、昭和のDS業態では、売上規模的にも、資本関係からいってもダイクマが最有力チェーンと見られていた。埼玉のロヂャースと神奈川のダイクマとは、ある時期まではそのパワーは拮抗していたが、1978年にイトーヨーカ堂がダイクマの株を一部取得、ダイクマが流通業の本流へとその占める位置を変えるにつれ、この両社には大きな差がついていった。

しかし、昭和時代のDS企業には「売上高1,000億円の壁」があった。ダイクマも売上ボリュームが1,000億円を超えつつあった時期に、家電やカメラがアナログからデジタルに移行した。その波に乗り遅れたダイクマは成長軌道から外れ、ヤマダ電機に買収されてしまった。

日本のディスカウントストアに、昭和時代「1,000億円の壁」があったのは、当時の社会状況とも大きく関係している。昭和の最後はバブルの時代であり、高度成長を再びバブルで引き寄せようとする終末期のもがきもあった。しかし、昭和末期を別にすれば、昭和30年代以降の日本経済は、かつて経験したことのない高度成長期であった。とくに昭和48年の石油ショック以降は、物価の上昇に合わせて給与も大幅増となり、日本の経済ボリュームは世界第2位になっていく。これはその後、中国に抜かれるまで続く。

しかも、昭和時代の日本経済は、当時の日本人の「一億総中流意識」からもわかる通り、誰もが自分も中流になれると思っていたし、事実30代半ばになれば、そこそこの所得水準に達していた。そのような状態にあっては、若いときにはディスカウントストアを利用しても、所得水準が上がってくれば、ディスカウントストアを活用する理由はなくなる。

大手チェーンのディスカウントストアには成功例がない

昭和のディスカウントストアでいうと、大手チェーンも店舗年齢が古くなった物件を、DSに転換する事例が増えてくる。その代表的がダイエーの「トポス」業態だ。これはダイエーの駅前立地の古い店舗をディスカウントストアに転換したもの。駅前立地で駐車場があまり取れないため、郊外立地の店舗には集客力で負ける。そこで原価償却も済んでいることだし、ディスカウントストアにして競争力をアップしようとしたのが「トポス」だ。ダイエーの古い店舗は、立地のいい店舗が多かったため、関東のトポス藤沢店、同町田店、同北千住店、関西のトポス古川橋店などのように売上高が100億円を超える店舗も多かった。トポスに転換して暫くは顧客が殺到する状態が続いたが、それは現在のドン・キホーテの比ではなかった。

イトーヨーカ堂も店舗年齢の古い中型店舗を中心に「ザ・プライス」に業態転換して活性化を図った。しかし、この「ザ・プライス」は食品・雑貨の小型DSが中心で、2階以上のフロアは衣料品や家具の専門店をテナントとして誘致するなど、その店舗フォーマットは中途半端。そのためイトーヨーカ堂のDS進出の割りにはインパクトに乏しかった。

受け入れられなかったアメリカ型ディスカウントストア

大手チェーンというわけではないが、アメリカのディスカウントストアの急成長とくにウォルマートの急伸に刺激され、アメリカ型DSの展開に乗り出したのが福岡の家電専門店Mr.Maxだ。同社では1978年(昭和53年)にDS1号店としてMr.Max長住店を開店、九州での店舗展開を始めた。また1997年(平成9年)には関東1号店のMr.Max伊勢崎店を出店。2000年には首都圏の一角、千葉県習志野市にも出店した。

当時のMr.Maxの勢いはかなりのものであり、九州、関東、首都圏での新規出店は多かった。そうした事情もあり、ウォルマートをモデルにしていた同社は、売上高がまだ1,000億円に達していない時期に大風呂敷ともいえる「売上高1兆円構想」を打ち上げるなど、日本でもウォルマート的DSが大きなボリュームを確保するのではないかと予感させたりもした。しかし、同社はディスカウントストアの展開を始めて40年後の2018年2月期で連結営業収益(売上高)は1,183億円にとどまり、中堅チェーンストアの位置から抜け出せないままだ。

もう1社、平成に入ってアメリカ型ディスカウントストアを展開したはいいが、成果が上がらなかったのがイオンだ。同社の「メガマート」は日本では珍しいノンフーズを主体としたディスカウントストアだった。

イオンの「メガマート」は1994年(平成6年)から展開を始めたDS業態であり、ペガサス代表の故渥美俊一氏が同店を見て絶賛した、いわくつきの店舗。しかし、渥美氏が褒めあげた店舗は、うまくいかないというジンクスがあり、「メガマート」も中長期的には、食品を含む「ザ・ビッグ」業態に転換していくことになる。「ザ・ビッグ」1号店は1989年9月の旧みどり岩国店で、イオンのDS業態は「ザ・ビッグ」に集約されていく。イオングループ全体のDS業態の店舗は、2018年1月現在207店舗で、その店舗比率は約22%になっている。

中流層の減少がディスカウントストアの成長を促す

1989年に3%の消費税課税から始まった平成時代は、1990年代初頭にバブルが崩壊、日本経済は一気に暗転する。バブル崩壊と同時に戦後の日本社会を規定してきた「土地神話」が崩れ、バブル時に抱えた負債が企業活動や個人の暮らしを圧迫するようになった。1990年代になると、徐々に民間給与は上がらなくなり、1990年代後半にピークになった給与は、その後ダウントレンドになっていく。(国税庁調べ)ところが所得税、住民税などの直接税、間接税の消費税、年金、健康保険料、介護保険料などは増加。これらを合わせた国民負担率はアップし、給与からこれらを引いた使えるお金は、中長期的には確実に減少していった。

短期的にみてもバブル崩壊の後、急速に不景気になり、安くなければ商品は売れなくなり、1994年頃から価格引き下げ競争が始まった。この結果、日本の価格決定権は、従来のメーカーからSMやDSにシフトしていった。1992年にトライアルカンパニーが「トライアル」1号店の南ヶ丘店を、イオンが「メガマート」1号店を出店したのは時期的にはベストタイミングだった。ドン・キホーテも1989年に139坪の府中店を開店した。ただ同店は開店が少し早すぎたこともあり、当初の売上高は3分の1の5億円にとどまった。しかし、2号店の杉並店は、バブル崩壊後のオープンだったこともあり、売上は初年度から15億円を超えた。つまりバブル崩壊後の日本経済は、価格が大きく価値観として浮上してきたのだ。

平成初頭に就職氷河期が始まる

やや余談になるが、1992年に最初の就職氷河期が始まった。団塊ジュニアは1971~1974年生まれの人たち。団塊ジュニアの先頭集団は1992年には21歳になっているのだ。これは日本社会のボリューム層である団塊ジュニアの就職、結婚の時期が日本が戦後それまで経験したことのない不況と重なり、団塊ジュニアは第3のベビーブーマーの母集団とはなりえなかったということだ。

もし1990年代半ばから後半にかけて、団塊ジュニアによる第3のベビーブームが起こっていれば、今のように日本は年間30~40万人も人口が減るといった事態にはなっておらず、合計特殊出生率も、2005年に1.26にまで落ち込むほどの低落傾向にはなっていなかったはずだ。別の見方をすれば、バブル崩壊後の不況のなかで、就職氷河期世代のような家族形成もままならないような人たちを作り出してしまった日本の政治、経済の対症療法しか取れなかった甘さこそ問題にすべきではないかと思う。

逆にいえば、バブル経済や土地神話の崩壊という流れのなかで、その変化にこそ危機感を抱き、あの時期に経営難におびえる一方だった企業の社員採用に補助金を出すといった施策を取っていれば、その後の就職難民はかなり減少、少子化の歯止めになっていたのではないかと思われる。大手企業を中心にした内部留保こそ少し少なくなっているかもしれないが、正規雇用者が増えた結果、内需は拡大、景気回復のタイミングもずっと早かったのではないか。

就職氷河期以降の世代のライフスタイルにフィットしたドン・キホーテ

このように昭和から平成に変わった約10年で、日本社会は大きなパラダイムシフトがあった。この結果、ディスカウントストア業態も大きく変わった。ヤマダ電機の子会社となったダイクマ、500~600億円前後の売上で変化がなくなったロヂャースなどの先行チェーンに対して、ドン・キホーテとトライアルカンパニーは、1990年代後半から平成時代の20数年で大きな成長を遂げた。

ちなみにトライアルカンパニーの2018年3月期の売上高は3,452億4,000万円、ドンキホーテHDは、9,415億800万円とかなり大きな差がついている。この差は両社がターゲットとしている客層の違いによる。トライアルカンパニーのコシヒカリは、SMよりもかなり安い。どんな米を使っているのか疑問に思った、あるSMの関係者が購入して自宅で炊飯してみたところ、普通は炊飯器の真ん中で盛り上がるごはんが、逆に盛り下がった。つまりトライアルカンパニーのコシヒカリは、一部割れ米などが混入されていた。だからこそ安い価格設定で販売できたのだ。

炊きあがったごはんの真ん中が盛り下がっても、コシヒカリはコシヒカリであり、自分たちは工夫しながらおいしいコシヒカリを食べていると自負する消費者もいるということである。逆にいえばトライアルカンパニーのお客さまは、かなり古典的なディスカウントストアのユーザーであり、たとえ割れ米が使われていても、「わが家のコシヒカリは訳あって安い」と納得しているのだ。

それに対して、まずヤンキーやマイルドヤンキーを顧客化していったドン・キホーテは、自社はディスカウントストアであると主張しているが、必ずしも価格価値だけで売れているわけではない。ドンキの店舗は、圧縮陳列や楽しいPOP、「夜店」のような夜間営業など多様な価値観に支えられて成長してきた。

ダイエー立川店がドン・キホーテ立川店になって大きく売上を伸ばしたり、ユニーやファミリーマートが、ドンキのノウハウを導入して50%近く売上を拡大したのもドン・キホーテの刺激的な売場展開があればこそ。

そして今や同社の店舗展開は、全国に及んでいるため、その顧客層はマイルドヤンキーから世帯年収300万円以下の非正規雇用者世帯を含む、現在の日本の主流層へ拡大してきた。つまりドン・キホーテの客層はいまや日本人のメインストリームを占めるようになってきているのだ。したがって、18年6月期の決算発表で、大原社長が西友の買収に興味津々の談話を発表したのは、ドン・キホーテの客層が西友とダブってきたことも大きい。

執筆:山口 拓二