食のトレンド文庫「スーパーマーケットの食トレンド」むかしはいまの物語

【スーパーマーケットのマーケティング事始 第10回】農産物直売所ビジネスの現在(1)青果流通へのインパクト

食品小売業にとっての青果の役割

スーパーマーケットをはじめとする食品小売業にとって、青果部門は昔も今も重要なカテゴリーだ。ポイントの一つが、青果は季節感を打ちだしやすい商品ということだ。ハウス栽培が普及して旬がなくなってしまった野菜も多いが、露地物を中心に季節を映した売場をつくれるので、顧客にシーズンの変化をアピールすることができる。消費者も青果の売場を見て季節の変化を感じ、季節感にあふれたメニューを組み立てることもある。

また最近のように健康意識が高まってくると、サラダや煮物など野菜中心のメニューを一品は出したいと考える主婦が増えている。それだけにレタスなどの葉もの野菜やトマト、パプリカなどのサラダ素材、ゴボウ、レンコン、里いもなどの根菜類の品揃えと適正価格での提供が、スーパーマーケットの優劣を決定づける。

青果のチャネル別売上構成を見てもスーパーマーケットのウェイトは大きい。2014年の「商業統計」で総合スーパー、食品スーパーの青果の売上高を見ると、1万4,000店舗強で2兆8,200億円程度になっている。それに対して野菜・果実小売業―いわゆる八百屋の売上高は、1万5,500店舗強で7,954億円と大きな差がついている。

つまり青果の販売では、業種店の八百屋からスーパーマーケットが売上を奪い、トップチャネルとなって久しい。しかし、最近注目されているのが、ファーマーズマーケットや道の駅に代表される農産物直売所だ。農林水産省ではその実態を探るため「6次産業化総合調査」を実施している。その最新版である2014年調査によると、農産物直売所の事業体数は23,710まで増え、年間販売金額は9,356億円と1兆円に迫っている。いまや青果・果実小売業を追い抜きスーパーマーケットに続くチャネルとなっているのだ。

農産物直売所成長の軌跡

野菜の直売農産物直売所の歴史は意外と古い。その始まりは終戦後すぐの時代、規格外の商品を自宅近くの無人販売所で販売したことにさかのぼる。今でも大都市近郊を散歩していると、朝収穫した野菜などを100円均一で販売している光景によく出くわす。そうした経験を積み重ねてきた農家のグループや農協女性部などが、もう少し本格的にやりたいということで、場所を確保して農産物直売所を展開し始めた。それが1975年頃のことといわれている。

当初は中小規模兼業農家や高齢農家などが主体となり、農村地域活性化を目的に地域住民が協力してつくったものが多く、農協が積極的に関わったものは少なかった。その流れが変わったのは1997年にJAいわて花巻が開設した「母ちゃんハウスだぁすこ」の成功。これを機に農協が農産物直売所ビジネスに乗り出す事例が増えた。同時に大規模農産物直売所として「ファーマーズマーケット」という概念が打ち出され、意識の高いJAを対象にファーマーズマーケット戦略研究会も設立された。

このように見てくると、農産物直売所がビジネスとして成立したのはいつと断定することはなかなか難しい。しかし、「母ちゃんハウスだぁすこ」が、直売に対するニーズを顕在化させたのは間違いのないところであり、高度成長期が終わりを告げ、成熟期にさしかかった頃の1990年代半ばに、農産物流通も転期を迎えたのだ。

農業生産関連事業別 年間販売金額農産物直売所 運営主体的年間販売金額

単品大量生産から多品種少量生産へ

では農産物直売所ビジネスは、農産物の流通において、従来の仕組みにどのようなアンチテーゼとなったのだろうか。最大のポイントは系統出荷の矛盾を白日のもとにさらしたことである。系統出荷とは農協の組合員(農家)が、自分の属する農協を通じて農産物を出荷すること。そのルートは農家―農協―全農―中央(地方)市場ー仲卸業ー小売業―消費者となる。これだけの手を介するために、農産物が消費者の手に届くまでに4日ほどかかる。

またこの系統出荷では、全国各地の農協は効率を追求するために、栽培品目の集約を図った。各農協はそれぞれの地域の気候風土や出荷出来る季節、出荷する市場をにらんでキャベツ、キュウリ、レタス、白ネギ、トウモロコシなど品目の特化を図っていったのだ。つまり産地ブランドの育成だ。大田市場へ行くとそれぞれの産地ブランドの農産物が、ダンボールケースに入ってうずたかく積まれている。こうして全国の農協が栽培品種を集約、まるで工場で野菜をつくるような生産方式が主流となった。その結果、本来多品種必要な野菜は、一地域では自給できず、産地間を動きまわる非効率的な流通を余議なくされるようになったのだ。

それに対して農産物直売所に出荷する農家は、多品種の野菜を少量生産する必要があり、農協を通じて出荷する場合とは根本的に発想を変えなければならない。例えば3反歩(2,975m²)の畑を持っている農家では、圃場を30~50に区分して、さまざまな品種の野菜を少しずつ栽培し、近くのファーマーズマーケットや道の駅、スーパーマーケットの地場野菜コーナーに持ち込むことになる。
この出荷方法のメリットは、収穫から品出しまで時間が半分もかからないため、消費者は完熟野菜や果物を最もおいしいタイミングで購入することができること。したがってトマトやいちご、トウモロコシなど糖度が味を左右する品目は、そのおいしさを知っている消費者が争って購入、あっという間に売り切れてしまう農産物直売所も多い。

農産物直売所ビジネスのメリット

農産物直売所での販売は、生産者にとってはメリットが大きい。まず重要なのは自分で野菜や果物の価格を決定し、販売責任が取れること。系統出荷では農家は野菜をつくるだけで、価格は市場任せなので天候や作柄に左右されることも多い。例えばキャベツなどが出来過ぎて、輸送費も出ないから畑で処分される様子がテレビのニュースで流れたりするが、これも見込み生産ゆえの悲劇だ。

それに対して農産物直売所への出荷では、自分は有機農産物の認証を得ているから、同じホウレンソウでも一把30円高くして出荷するとか、味の評価が高くて名前が知られているから20円高くしても売れるというようなことが起こる。ただ多くの生産者は、東京・大田市場の相場をネットで調べて仲間内で情報を共有し、JAや市場の仲卸の手数料を差し引いて、値付けすることが多い。そのため各種手数料が差し引かれた野菜の価格は、スーパーマーケットや八百屋よりも安く「この鮮度の野菜がこんな価格で変えるの?!」というサプライズが生まれることになる。

生産者にとってもう一つのメリットは、大量に生産しなくてもいいため、高齢化で体力が落ちても現役の農家でいられること。ホウレンソウやレタス、ネギなどの軽いものであれば、70代になっても出荷出来る。そのため60歳で定年になったサラリーマンや教員が、親の介護や家の管理もあるからと地元に戻り、体力の許す範囲で農業に復帰するケースも増えている。高齢者だけではなく、農業にあこがれる若年層が、畑の賃貸をJAに斡旋してもらい農業に参入することも容易になった。まだ地方の人口増を促すほどのパワーにはなっていないが、うまく制度設計すれば、地域活性化になる可能性も秘めている。

執筆:山口 拓二

第11回<予定>「農産物直売所ビジネスの現在(2)SMチェーン・専門店の取り組み」

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