食のトレンド文庫「スーパーマーケットの食トレンド」むかしはいまの物語

【スーパーマーケットのマーケティング事始 第8回】インストアベーカリーとデリバリーパン

スーパーマーケットのインストアベーカリーが変わった

ベーカリーショップのパンかつてインストアベーカリーを併設したスーパーマーケットは、都市部に立地する店格の高い店舗という評価が一般的だった。なぜならパンの需要は山崎製パン、敷島パンなど大手メーカーの商品が中心で、製造小売りのベーカリーは、地方はもちろんのこと、都市部にもあまりなかったからだ。しかもメーカーのパンに比べると、ベーカリーのパンはかなり割高で、ある程度所得が高くないと手が出ないという事情もあった。

しかし、高いとはいえたかだかパンだ。メーカーの菓子パンが1個120円程度とすれば、ベーカリーのデニッシュは160~200円程度であり、おいしさを加味すればベーカリーのパンのほうがいいという消費者が少しずつ増えて着実に浸透していった。品揃えで決定的に違うのはフランスパンなどのバゲット類の有無。パンメーカーも一時期、フランスパンまがいの商品を開発したが、ソフトパンにバゲットぽい皮をはりつけただけなので、差がありすぎてベーカリーのバゲットとは勝負にならなかった。

さらに大都市だけではなく、地方にも広域から集客するようなベーカリーの銘店が生まれ、そこで修業したパン職人が自分の地元で店をオープンさせる流れができ、全国的にベーカリーは増えていった。経済産業省の「商業統計」によれば、製造小売りのパン小売店は、2007年の1万1342店が2014年には1万6514店まで5000店舗以上増えている。年間商品販売額も7年間で1054億円増えた。

ベーカリーのバゲットただ2007年から2014年までの7年間で、パン製造小売業の店舗数は45.6%も伸びたのに対して、販売高は26.6%の伸びに止まった。これは2010年前後に小麦をはじめとする穀物相場が急騰、日本国内の小麦粉価格も急上昇して、ベーカリーで販売するバゲット、食パン、デニッシュなどが値上げを余儀なくされたことの影響。同じベーカリーでも店舗によって価格にかなりの差があるが、名前の通ったベーカリーでは、最近はデニッシュ1個で250円前後する。これでは家族4人が腹いっぱいパンを食べようと思えば、すぐ3,000円前後かかってしまう。つまりベーカリーに対するニーズは高まっているのだが、商品価格の急騰が売上にブレーキをかけたのだ。

快進撃が続く100円ベーカリー

このようなベーカリー市場の価格動向のなかで、パンを食べるならベーカリーの焼き立てパンがいいという、ベーカリーファンに熱烈な支持を集めたのが、価格を抑えた100円ベーカリーだ。SMチェーンのなかで100円ベーカリーへの取り組みで、どこが最も早かったのかは議論の分かれるところだが、筆者の知る限り近畿で店舗展開する阪急オアシスはかなり早かったと思う。同社ではデリと関連させてベーカリーを展開しているが、そのうち100円ベーカリーコーナーは、顧客に圧倒的な支持を得ている。

「2017年の生活者の食ニーズ」より

ヤオコーのパンが食卓に並ぶ実際の食卓「2017年の生活者の食ニーズ」より

同社の成功を受けて、関東のヤオコーでも最近は100円で販売するデニッシュを品揃えしているし、阪急オアシスとは一部店舗が競合する関西スーパーマーケットも、本社下の中央店の建て替えオープンに際して100円ベーカリーを導入した。さらに最近のスーパーマーケットのベーカリーで目を引くのは、品揃えしている品目数は変わらないのに、売場をコンパクト化していること。この結果、スーパーのベーカリー部門は、スペース効率を上げることに成功、新店や改装店舗に導入しやすくなった。

100円ベーカリーのチェーン化も進んでいる。その一つが北海道サンジェルマンが2012年10月から展開を始めた「サンヴァリエ」だ。同店は北海道サンジェルマンとしては「レフボン」に続く第2の業態であり、しばらくは単独店での実験営業が続いたが、15年からは出店が本格化、現在7店舗まで増えてきている。「サンヴァリエ」の特徴は、100円ベーカリーながら、生地づくりも全て現場で行っていること。筆者が見たのはDCMホーマック苫小牧弥生店の事例だが、売場横に広い製パン室及びオーブンを設置し、早朝から生地を手づくりし本格パンを焼成していた。したがって100円ベーカリーだからといってチープなイメージはなかった。

もう1社話題になっているのが、京都府亀山市で創業、その後九州、とくに福岡、熊本を中心に20店舗の100円ベーカリーショップを、ここ数年で展開している「伊三郎製パン」だ。同社の特徴は共同購入でコストを削減したうえで、セントラルキッチンで生地を一括生産し生産性を上げていること。店舗では焼成だけに特化することで、品質、容量を落とさずに100円でパンを提供している。また「伊三郎製パン」は、マーケットリサーチの結果、あえて焼き立てパンの店舗が少ない九州に出店を集中した。この作戦が当たり、これまで焼き立てパンに縁のなかった九州のローカル都市でも伊三郎製パンは大人気で、ニーズの掘り起こしに成功している。

日本人の主食が大きく変わる

インストアベーカリーの活性化もあり、パンが順調な推移となっている背景には、日本人の主食が大きく変わってきたという事情もある。日本人にとって“ごはん”がソウルフードであることは現在も変わらない。その一方で総務省の「家計調査年報」の2人以上の世帯の集計によれば、日本人の主食のうち、米だけが過去10年で購入金額を25.8%もダウンさせている。購入数量の2006年の85.1kgが2015年には69.5kgと18.3%減となっている。金額ベースのダウンが数量ベースを大きく上回っているのは、一時期持ち直していた米の価格が、最近また弱含みになっていることも関係しているようだ。米のダウントレンドは、農林水産省が集計している「食料需給表」でも明らか。2015年度の米の国内消費仕向け量は、694万トンまで減少。これは2015年度と比較すると11.6%の減少だ。

日本人の主食類の購入金額

表1 日本人の主食類の購入金額(excel ダウンロード)

それに対してパン、麺類は順調に購入金額を増やしている。パンのうち、とくに「その他のパン」は、2006年から2015年までの10年間で購入金額が17.3%増え、食パンの9.4%増を大きく上回っている。「その他のパン」に含まれるのは、パンメーカーの菓子パンやベーカリーのバゲット、デニッシュ、サンドイッチなどの調理パンなど。スーパーマーケットのインストアベーカリーや街のベーカリーが順調に店舗数を増やしているのは、日本人のパンニーズが、食パンからバラエティブレッドに確実にシフトしているからと思われる。

もう一つパンが好調なのは、高齢者が増え続けていることも関係している。なぜなら食事を準備する際、ごはんを用意するよりもパンのほうがお手軽だからだ。高齢化すると、調理する気があっても、体力が伴わずついついスーパーの惣菜やパック総菜を利用することが増える。そのような時、ごはんがわりに食パン、ロールパンなどを主食にすれば、よりお手軽になる。だから食パンにみそ汁、前日のきんぴらごぼうで昼食にするといったケースが増える。あるいは前日買ってきた食事系のデニッシュであれば、それと牛乳だけで立派な食事になる。サラダとヨーグルトをつければパーフェクトだ。

ベーカリーショップのパンそのような食ニーズの変化を受けて最近、山崎製パンは人気商品の「ランチパック」の種類を増やして、軽食シーンへの対応を図っているし、敷島パンのテレビCFはここへきて、食事シーンのアピールに力を入れている。

したがってスーパーマーケットでも、これからは食事パンの強化が重要になる。インストアベーカリーを併設している店舗では食事系のデニッシュやバゲットを使ったサンドイッチの強化は不可欠だし、インストアベーカリーがない店舗では、惣菜部門で食事パンを充実させないと、シニア層をはじめとする食ニーズの変化に対応できなくなる可能性がある。

執筆:山口 拓二

第9回<予定>「スーパーマーケットの年中無休・長時間営業の功罪」

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