POSの普及で商品管理手法が変わる
筆者が流通関係の仕事を始めたのは1980年前後であり、ちょうどPOSシステムの啓蒙が始まった頃だ。当時はレジスターは標準化されていたが、これはあくまで売上管理の道具であり、商品別売上は把握できなかった。したがってPOSレジが本格的に普及する1990年代半ばまでは、単品の売り上げがどうなっているか正確なところはわからなかった。
それがバーコードによる管理が普及したことにより、すべての商品の販売数量が把握できるようになり、その数量を基にしたABC分析も、当たり前の商品管理手法となった。
POSシステムが標準化されることで起こった最も大きな変化は、メーカーと小売業の立場の逆転だ。POS以前は新商品の販促はメーカー主導で行われた。立ち上がりの実績は多少悪くても、過去の類似商品の動きからすれば、もう少し我慢すれば動き始めると説明すれば、扱いを継続してもらえることもあった。ところがPOSデータで売上数量を把握できるようになって以来、大手メーカーの新商品であっても、情緒的な言い訳は通用しなくなった。とくにコンビニチェーンでは、扱い商品が限られるため、新商品カットの基準は4週間の販売実績となりメーカーは悲鳴を上げることになった。
単品管理から属性とのクロス管理が主流となる
POSシステムの普及によって、スーパーマーケットの現場でも大きく変わったことがある。それは単品の売上がわかるようになったため、売場で仮設を立てて商品マッサージをすることが少なくなったこと。POSデータがなかった時代には、商品の陳列位置を変えてみたり、メーカーが調味料売場での販売を想定して開発した商品を、パスタ売場でプレゼンテーションしてヒットさせたりといったことがあったが、最近はこのようなトライもメーカーからの提案に頼るようになった。
これは何もしなくてもPOSデータが上がってきて、さも仕事をしたような気持ちになってしまうことと、売場の人員配置が減り、仮設検証作業ができなくなっていることが影響している。つまりローコストオペレーションのために現場の人手を減らし、それが売場に手を掛ける余裕を失わせたのだ。
しかも最近はPOSデータも、単純な商品分析から顧客属性と商品の売上動向をクロスさせたID-POSにシフトしてきている。ここまでくれば、ID-POSデータを分析するだけで、仮設-検証がある程度できるようになる。
ビッグデータから問題点を読み解く
その成功事例として有名なのが、コープさっぽろの「豆腐」だ。コープさっぽろのある店舗では、ある時豆腐の品揃えを見直し、売上ランキングでは中位にあった地元の豆腐屋の商品をカット。その後、新MDのもとで豆腐カテゴリーの売上と食品全体の売上がどうなっているかを比較分析した。
すると豆腐の売上ダウン以上に、食品の売上が減少していることがわかった。その要因を探っていくと、地元の豆腐をカットしたあと、それを購入していた組合員が来店しなくなっている。しかも来店しなくなった組合員は、高品質のこだわり商品を購入してくれている優良顧客であったことがわかった。結局コープさっぽろは、至急地元の豆腐屋の商品を復活させることによって、一旦離れていた組合員の呼び戻しに成功、ことなきを得たが、そのままにしていれば、売上、利益を大きく損なう結果となっていたはずだ。
アメリカのディスカウントストアチェーンのターゲットでは、妊娠した女性が無臭ローションやカルシウム、マグネシウムのサプリメントを購入する傾向があることを発見、それらの商品の購入者に、出産関連商品のクーポンを送付することによって妊娠した女性の囲い込みに成功した。
買物カゴの中身から顧客の暮らしを想像する
このようにテクノロジーの進歩が、小売業の販売革新につながっていることは間違いない。最近ではITの知識を持ち、なおかつ小売業の販売メカニズムも知るデータサイエンティストという新しい仕事も話題になっている。日々蓄積されていくPOSデータやID-POSデータのビッグデータを分析し、マーケティングに活用するためには、使い勝手の良いシステム構築と専門家の育成が必要なことはいうまでもない。
しかし、それほど大がかりに構えなくても、お客さまの買物の中身を知ることで、どのような食生活をしているのかはわかるし、そこから品揃えの仮設を組み立てることができる。その情報を取る手法はいたってシンプルだ。どこでもいいからスーパーマーケットへ行き、これはと思うお客さまにつかず離れず同行して、何をどのような手順で購入するかをチェックするだけ。例えば20代女性に絞って5人ほどチェックすれば、若い女性の食生活がなんとなく見えてくる。
このインバスケットリサーチの方法を教えてくれたのも、旧ニッショーストアの井上靖之氏だ。ある時池田店で立ち話をしていたところ、「ちょっと一緒に行ってみようか」ということで、30歳前後の単身と思われる女性について回ったことがある。その時その女性は、夜8時過ぎということもあり、プレーンヨーグルトと食パン、いちごとレタスなどを購入した。その時の井上氏の見立ては「もう夕食はすんでいるみたいだから、今晩食べるとしたらいちごだけ。主力は明日の朝食のようだ。そう考えるとプレーンヨーグルトを品切れさせないことが、この時間帯のスーパーマーケットにとっては重要なポイントになるんです」ということだった。たったサンプル「1」でも、そこから見えてくることは多い。
スーパーマーケットにとって、インバスケットリサーチを上手に活用できれば、さまざまなことが見えてくる。例えばピークタイムの夕方5時から6時までの1時間、店長、副店長、チーフがローテーションを組んでサッカーサービスを行えば、感謝されつつ顧客が何を買ってくれているのか把握できる。チラシ特売商品や月間奉仕品を頭に入れておけば、価格で売れている商品もわかるし、自店のロングセラー商品や直近でヒットの兆しが出てきた商品も見えてくる。そうなると次週以降、どのような販促を打てばいいかという先をにらんだ視点を鍛えることもできる。
本部のバイヤーもメーカーの担当者と商談するだけではなく、サッカーサービスで顧客がどんな商品を購入しているか実感できれば、担当する商品分野の次の組み立てアイデアが出てくるはずだ。ID-POSデータを見れば、顧客の購入実態はトータルにわかるが、売場やレジでお客さまの顔を見つつ実感を得るほうが、具体的なアクションにつながる可能性が大きい。
執筆:山口 拓二
第7回<予定>「カテゴリーコンストラクションとカテゴリーマネジメント」