レシートデータという原点
さて前回のコラムで紹介したこのレシートに記載されたお買い物のデータのことをレシートデータという。このレシートデータが膨大に累積されたものをPOSデータと呼んでいる。たとえば、それぞれのアイテム別の売り上げの推移をみたり、店舗別や曜日別、時間帯別にこれを解析したものが、いわゆるPOSデータ分析という。これだけではモノの売れ方の累積しかわからないということで、これを固有の買物客がどんな志向性で購買したかという履歴から、さらに突っ込んだ分析ができるというものがID-POSということになる。ポイントカードなどの利用とひも付けされたデータがID-POSデータということだが、それらはいずれにせよこの1枚のレシートデータがすべての原点ということになる。
別の言い方をすれば、この1枚のレシートデータは、バスケットデータということに転換することができる。つまり、一人の購買客がその買物カゴ(カート)、バスケットに何を入れレジを通過していったかということから、購買アイテムの相互の関連性から購買セオリーや関連心理や、はては食卓を類推しようというものである。非常に重要なマーケティング仮説の宝庫ともいえそうだが、すべてはこの一枚のレシートが原点である。
ちなみに、この日の購買レシートの中身を列挙してみる。「生メカジキ、チラシ、豆乳、弁当、豆腐、牛乳、パン」の7品目で2101円の買い物だったということが、このレシートデータのすべてである。チラシというのはお弁当のようになったちらし寿司のことであり、これに前回ご紹介した十六穀米弁当が買われているということから、7品目のうち2品は典型的な「中食」のカテゴリーにあたる食品を買っている。豆乳、牛乳、パンもそのまま(調理加熱することなく)口に入る可能性が高いわけだから、「中食」ともいえそうだ。豆腐だってそのまま冷奴として食べたならば「中食」なのか、そんな嫌味も言ってみたくなるが、かなり「中食」的世界に彩られた買い物をこのレシートからは伺い知ることになる。
純粋に「内食」、つまり家庭の台所で加熱調理されて食べられるものは、本当に「生メカジキ」一品ということになる。
POSデータで食卓がわかるのか!?
さて、このレシートデータから、この夕食のシーンと食卓は想像できたのだろうか。もう一度再現しておくが、「きゅうりぬか漬け、タクアン、白うり粕漬、フルーツ(リンゴ)、豆腐とねぎ、みょうが入りのみそ汁」とこの十六穀米弁当なのである。恐らく、レシートに出てくる豆腐がみそ汁の具材になったことは想像できそうで、「内食」素材としての豆腐が買われていたということが言えそうである。
たとえば、みょうがや白うりといったこの季節の旬を感じさせるアイテムや素材は、冷蔵庫などにストックされていたものが利用されていたことになる。何度も言ってきたことだが、このレシートデータ、バスケットデータからは、この夕食の食卓を構成してるアイテムの関連性を見つけることもできないし、その食卓を支えているこのおばあちゃんの食に対する価値観を仮説立てしていくことすら全くできないといっていいのだ。
この日の「おうちごはん」は、完全なる「内食」であるみそ汁と、完全なる「中食」である十六穀米弁当と、「中食」とも「内食」ともいえる、もっと中間的な、マージナルな食が多様にミックス、組合わされたものである。そして、漬物などに代表されるようにそもそも加工度がある程度高い、いわゆる「惣菜」的な食品を、そのままか少し手を加えて食卓に供している。そして、この中に季節感や旬や彩りというものを楽しんでいるということが、この食卓を支えている価値だということが大切なのである。
レシートデータというものからは、この大切なところが全くみえないのだ。百歩譲ってもかなり「中食」品目が食品の中の比重を占めているということがわかる程度である。ところが、これが一人歩きすると十六穀米弁当というお弁当で済まされた「中食」としての夕食という“マーケティングの嘘”を生みだす原罪だということもできる。
「中食」アイテムは手を加える
さて、時間軸を少し進めてみよう。1日後の8月2日(日曜日)の夕食の食卓である。前日のレシートデータに記載されていたチラシがここで登場してくる。「昨日、ヤオコーで買ってきたちらし寿しに少々、手を加えたちらし寿し」と生活日記には書かれている。前日に購入された「中食」アイテムに手が加えられ、一種の「内食」素材のような扱われ方がされている。ここで「中食」のもつ、簡便、出きあいの価値がさらに突破されているといえる。
もちろん、「中食」のちらし寿しをパックのまま食べるというシーンも、一般的には当然あることは言をまたない。たとえば、にぎり寿司の盛り合わせという「中食」パックを買って、そのふたにしょうゆを入れて食べるというのはいかがなものかといった論争が、ネット上おこったりもしている。「中食」としての利用がパーフェクトに完成しているシーンもあれば、「内食」に近づいている場合もあるということに過ぎない。
完全な「内食」としての一品
さて、典型的な「内食」素材である「生メカジキ」だが、「昼間、出かけることを頭において手軽にできて、豪華でおいしい魚料理の材料を前日にヤオコーで買い求めておいた」ということが、この一枚のレシートの背景なのである。「ムニエルにしてバターとバージンオイルで焼きあげ白ワインで味付けした一品」だそうである。色よい盛り付けを意識したということで、彩り豊かな食卓である。翌日の夕食の魚料理はごちそうを作った訳だが、やはり「内食」「中食」、もっとマージナルなものが組み合わされた「おうちごはん」だったことを、このレシートデータだけからどのように見抜けばいいのだろうか。生活日記調査以外にその手立てはまずないといっていい。
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