食のトレンド文庫「スーパーマーケットの食トレンド」むかしはいまの物語

【スーパーマーケットのマーケティング事始 第4回】「おかず屋」「ハーフデリ」「惣菜」

30年ほど前までは惣菜は“ためらい買い“の対象

スーパーマーケット惣菜日本惣菜協会の集計によると、2014年の惣菜市場は初めて9兆円を突破、縮小傾向の外食市場と好対照をなしている。しかし、惣菜やデリは昔から売れていたように思われがちだが、ほんの30年ほど前までは食生活のワキ役だった。1980年代後半だったと思うが、当時イトーヨーカ堂のドル箱店舗だった津田沼店で、絵に描いたような惣菜の「ためらい買い」を目撃したことがある。30代後半の主婦が、惣菜(たぶんカキフライのような揚げ物だったように思う)を買物カゴに入れたり、売場に戻したりを繰り返し、購入までに10分くらいかかった。

惣菜一つを買うのに、ここまでためらったのは、当時の惣菜についての意識を理解する必要がある。1980年代後半では、まだ手づくりメニューが「善」、惣菜を購入しておかずにすることは「悪」という意識が強かった。したがって、惣菜のカキフライと千切りキャベツを盛り付けて食卓に出せば、子供たちから「お母さん手抜き!」と揶揄されるのではないかといった強迫観念があったのだ。

「今晩のおかず屋」をコンセプトにしていた関西スーパーマーケット

惣菜に対する消費者の意識がそのレベルにあったため、1980年代のスーパーマーケットの惣菜のクォリティは低く、売上も小さかった。日本のスーパーの鮮度管理、品質管理の原型をつくり上げた関西スーパーマーケットのように、1980年代後半まで惣菜を扱っていなかったチェーンもあった。同社の販売コンセプトは「今晩のおかず屋」であり、ここでいう「おかず」のなかには惣菜は入っていなかった。つまり、このコンセプトをつくった同社の実質的創業者である北野祐次氏にとっては、家庭で主婦が手づくりした料理こそが「おかず」であり、スーパーはおかずをつくる生鮮素材や日配などを提供すればいいと考えたのだ。

これは1980年代までは必ずしも、おかしなことではない。日本では1980年代までは、専業主婦世帯が共働き世帯を上回っており、年齢階級別就業率は1987年で35~39歳が41.6%、40~44歳が47.0%、45~49歳45.0%、50~54歳37.5%といずれも50%に届いていない。それから30年弱経った2015年にはいずれの年齢階級でも70%を超えており、現在とは社会状況は全く違う。そのため家庭では、お母さんが手づくりした料理をできるだけ家族揃って食べてほしいという関西スーパーマーケットの思いは、ある意味で正論だった。ただ時代の波には抗しきれず、同社も1980年代末には惣菜部門を創設することになった。

1980年代は時代の分水嶺

そういう意味では、1980年代は日本人の食スタイルにとっても、食素材を提供するスーパーマーケットにとっても「分水嶺」だったといえる。そのような時代に「惣菜の食生活への浸透」と「ためらい購入」の綱引きをブレイクスルーするために、ニッショーストアが打ち出したのが「ハーフデリ」という概念だ。これは文字通り購入したデリ(惣菜)を家庭で一手間かけて完成させることで、惣菜を買ったうしろめたさを払拭させることを狙ったもの。ニッショーストアで「ハーフデリ」コーナーを見た時には「この手があったか」と膝を打ったことを憶えている。

その後この「ハーフデリ」が精肉部門で、衣をつけるところまで調理し、あとは家庭で揚げるだけにした“とんかつ”や細切りした牛肉とピーマンをセットにした“チンジャオロースー”セットなどへ形を変えてつながっていった。そしてニッショーストアを吸収合併した阪急オアシスや大阪いずみ市民生協の一部店舗では、いまでも「ハーフデリ」コーナーが展開されている。しかし、日本人の食意識は一気に変化し「ハーフデリ」がスーパーマーケットの惣菜の標準スタイルになることはなかった。

新しい食シーンを提示できなかったスーパーマーケットの惣菜

惣菜(デリ)の業態別ポジショニング

惣菜(デリ)の業態別ポジショニング

1990年代に入ると、バブル崩壊後の失われた20年のなかで世帯主の所得が漸減傾向になり、家計所得補填のために働きに出る主婦が増加する。また家族が別々の時間に食事を摂る個食が一般化したことで、家庭で一手間かけてメニューを完成させる「ハーフデリ」は、ミールソリューションとしての魅力が色あせていく。スーパーマーケットとしても、先行するコンビニや後ろから迫るデパ地下惣菜に対抗するうえでは「ハーフデリ」の概念は迂遠すぎた。

見方を変えればスーパーの惣菜のウイークポイントは、コンビニやデパ地下のような新しい食シーンを開拓できなかったことにある。つまりコンビニの場合はサラリーマンやOLの昼食に代表される「中食」という食シーンを掘り起こすことができたために、大きな新市場を開拓することができた。デパ地下の惣菜も「ハレの日」の食として受け入れられた結果、一定の売上ボリュームを確保することに成功した。

それに対してスーパーの惣菜は、自店内競合という自己矛盾を内在していたためにコンビニのような成長エンジンとはならなかった。例えば惣菜のロースカツが売れれば、豚ロースの切り身はいうまでもなく、パン粉や小麦粉、卵などの需要が減少する。最近伸びている焼き魚や煮魚でも同じことが言える。つまり新しい食シーンを提示できないまま、商品強化だけに走ったスーパーの惣菜は、生鮮食品や調味料とトレードオフの関係にあるため、惣菜が伸びても全体の売上はアップしないという自己矛盾を解消できなかったのだ。

執筆:山口 拓二

第5回<予定>「スーパーマーケットの新規需要開発の方向性」

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