食のトレンド文庫「スーパーマーケットの食トレンド」むかしはいまの物語

【スーパーマーケットのマーケティング事始 第2回】 日本の中流層の劣化とスーパーマーケットの対応

独自のポジションを獲得したアップスケールスーパーチェーン

関西でニッショーストアが人気を博していた1980年代から1990年代前半以降、その他の地域でもアップスケールスーパーチェーンが登場した。例えば価格競争の激戦地と言われた九州でも、岩田屋子会社のサニー(現西友)が先行し、北九州からはハローデイが続いた。中国地方ではフレスタがイズミやユアーズとの競合のなか、アップスケールスーパーに舵を切り広島では大きな支持を得た。

首都圏ではヤオコーが話題となる前に、それまでくすぶっていた伊勢丹ストアが、クィーンズ伊勢丹に店名を変え、高級スーパー寄りのアップスケールスーパーとして急成長した。ちなみにこのクィーンズ伊勢丹の復活の裏には、オール日本スーパーマーケット協会(AJS)が開発・使用していたカートラックなどのSM運営マテリアルの導入があった。また、埼玉県の嵐山バイパス店を「マーケットプレイス」フォーマットに改装したあとのヤオコーの快進撃は多くのメディアで取り上げられている通りだ。東北でも秋田県北部から秋田市、青森県弘前市などへ進出している伊徳がアップスケールスーパーとして独自の位置を確保している。

スーパーマーケットの価格競合に異変

しかし、ここへきてアップスケールスーパーのポジションが大きく変わってきた。もともとアップスケールスーパーは、標準スーパーよりワンランクアップの商品を、経営努力によって標準スーパーと同等の価格で提供する業態と定義されている。それが最近では一部のグローサリーに関しては、ディスカウントSMに近いラインにまで価格が引き下げられつつある。

もちろんこれはチェーンによってかなり差があることはいうまでもない。広島のフレスタは清涼飲料の価格をそれほど引き下げていないが、ヤオコーはディスカウントSMとほぼ同じ500ml PETで70円台前半まで下げている。同社の場合、清涼飲料だけではなく、商品価格が明確なカテゴリーでは、同じような価格政策になっている。このようにヤオコーをはじめとするアップスケールスーパーがグローサリーの価格を引き下げているため、標準スーパーも価格を修正、ドライ食品に関しては業態による価格差はなくなりつつある。

伸び悩む収入、増える公的負担

こうしたスーパーマーケットチェーン各社の価格政策の変化は、決して恣意的なものではなく、変わらざるを得ない理由があってのもの。情緒的な言い方をすれば、1980年代から1990年代前半にかけては、気分は”一億総中流”の時代であり、まだ所得は多くなくても、いつか自分も”中流になれる”と思える時代だった。しかし、それから四半世紀が経った現在、日本は夢を持てるかつての均質社会から格差社会に変化した。

例えば国税庁の「民間給与実態統計調査」(表1参照)によれば、平均給与は1997年に467万3,000円とピークになったあと下がり続け、2009年には13.1%ダウンの405万9,000円を記録、その後少し持ち直したとはいえ、最新の2014年データでも415万円とピークに比べると52万円強少なくなっている。

また2014年の平均給与の分布を見ると、300万円以下が40.9%で最多で、男性でも24.0%が300万円以下だ。次いで300万円超から500万円以下が31.2%、500万円超から1,000万以下が23.7%、1,000万円オーバーの高額所得層が4.1%となっている。別の見方をすれば現在の日本では、民間企業に勤める人のうち、4分の3近い72%の人が500万円以下の給与しか得ていない。しかも4割の人が300万円以下の貧困層に属している。つまり、かつて「気分は1億総中流」だった日本から、いまや中流層の下の部分がすっかり抜け落ち下流層へとシフトしているのだ。そして「いつかは自分も中流になる」というダイナミズムがなくなり、将来が見通せないなか、閉塞感が日本社会を重苦しくしている。

こうして給与は上がらず、逆に給与ダウンもありうる状況のなかで、税金、年金、健康保険などの国民負担率は上がる一方のため、日本人の手取り所得は確実に目減りしている。課税額が少ない貧困層も、所得額に関係なく課税される消費税が追い打ちを掛けることになった。2014年4月1日の消費税増税は、ようやく明るくなりつつあった消費環境に冷や水を浴びせかけることになったことは記憶に新しい。

この二重苦を抜け出すため、少しでも現金所得を得ようと働きに出る母親が増えている。今年7月12日に発表された2015年の「国民生活基礎調査」では、18歳以下の子どもがいて仕事をしている母親の割合は68.1%と過去最高を記録した。これは総務省の「労働力調査」(表2参照)でも裏付けられている。35~44歳の女性の就業率は2013年に70%を超えているし、45~54歳ではそれより7年前の2006年から70%オーバーになっている。世帯主の給与減を補填するために働きに出る女性が増えているのだが、子どもたちの教育費や習い事をカバーするのがせいぜいで、暮らしのレベルアップにまでお金は回らず、生活の質を維持することさえおぼつかない状況になっている。

さまざまな業態の均一化が進む

給与のゆるやかなダウンや非正規雇用の増加などによって、日本の中流層は確実に目減りしている。このような状況のなか、ヤオコーをはじめとするアップスケールスーパーが、グローサリーの価格をディスカウントSMに合わせたり、野菜を適正価格で販売しようとしているのは、下流層へシフトしてしまった、かつての中流層をターゲットとして想定しなければ、自分たちの顧客層が薄っぺらなものになってしまうからだ。必然的に旧中流層を取り込む価格政策は、総菜や精肉、鮮魚以外はスーパーマーケットの実勢価格に合わせざるを得ず、ディスカウントSMに近づく。

逆にライフコーポレーション、サミット、いなげやなど標準スーパーを中心に展開していたチェーンによるアップスケールスーパー業態の開発が目を引く。これは標準スーパーは、中流層のなかでも年収300~400万円前後の層を主力にしていたことも関係している。つまり四半世紀前までは厚めに存在した旧中流層が下流層へシフトしたことで、そのまま同じターゲットを狙い続ければ売上のジリ貧は避けられないと考えたのだ。そこで中流層でも上のクラスの年収500~800万円の層の人に足を運んでもらえる店舗の開発、多店舗化をめざしはじめたのだ。

【参考データ】表1 勤労者平均給与と国民負担率の推移

【参考データ】表2 女性の年齢階級別就業率の推移

執筆:山口 拓二

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